かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

アトムと餅つき 2005-01-13

 「ありがとう、ありがとうアトム!」

 何度も何度も感謝の言葉を浴びせられてアトムは複雑な気分になった。
 些細なこととはいえ、このクラスメイトである友達から感謝されるのは至極当然であったにもかかわらずアトムは居心地の悪い気分を味わっていた。
 些細なこととはいっても友達の命を救ったのだ。本来ならアトムは胸を張っていいのだが、とてもじゃないがアトムはそんな気分にはなれなかった。
 感謝されればされるほど胸苦しい気分になった。

 

 発端は数日前にさかのぼる。
 誰が言い出したのか、クラスメイトの仲良し数人のグループがある企画を思いついた。

 「僕たちだけ(子供だけ)で餅つきをやろう。」

 たまたま仲良しグループの中に農家の子がいたのだが、その子の家の年末行事である餅つきの話を聞いたものだから、みんなうらやましくて自分たちもやってみたくてしょうがなくなったのだ。
 いやそれほどみんな餅が大好きというわけではなかったのだけれど、みんなでわいわいとやるお祭り気分な感じをあじわってみたかったのと、搗きたての餅は別物のごとくに美味さが違うなんて農家の子が言ったものだから、もうみんなどうしようもなく餅つきをしてみたくてたまらなくなってしまった。
 話は勢いに任せてすすみ、親や先生には内緒で日曜日の朝早く学校の中庭でやることにきまった。日曜の学校なら先生たちもいないし中庭は風が通りにくい。朝早くなら校庭に遊びに来る誰かにも邪魔をされずに準備ができるからだ。
 もち米は学校のすぐ近所に住んでいる女子がいたので女子が受け持つことになった。学校まで蒸しあげたもち米を直接運ぶということで話はまとまった。
 もち米が女子の受け持ちなら、道具である杵と臼を用意するのは男子の受け持ちになった。杵と臼は農家の子の家にある。学校から遠いし杵と臼は相当な重量があったのだけれど何の問題も無かった。当然のようにアトムが運ぶということに役割分担が決まっていたからだ。
 アトムとしてはみんなに対して言いたいことが無いわけでもなかったが黙っておくことにした。せっかくみんなが喜んでいるのだから水を差すことも無いだろうと考えたのだ。
 それにしても理不尽といえば理不尽な話だ。アトムは胸の心臓部分に納められた小型核融合炉を動力源にしていたから人間のような食事はいっさいとらない。アトムにとって餅つきに何らかの意味があるかといえば疑問だった。餅をついてもアトムは食べることができないのだ。だからアトムが今回の餅つきのメンバーに誘われたのは、杵と臼を運んでもらうためだけが目的だったからに他ならなかったのだ。

 

 餅つきはイベントとしておおよそながら成功だった。
 杵は重くて何度かよろけるものもいたけど転んだりして怪我をしたものがいたわけでもなし、なんとか頑張って搗いてもち米を無駄にはせずにすんだ。まあなにはともあれ最終的には多少時間は余計にかかったもののうまく餅は搗きあがったのだ。いやむしろ大成功だったといってもいい。
 にもかかわらずなにが「おおよそながら」なのかというとまったく問題がないというわけにはいかなかったらだ。
 やはり朝早く始めたせいで、なんといっても冬なわけだしとても寒かったのだ。いくら中庭は風が通りにくいといっても絶対的に気温が低いのだからどうしようもなかった。運悪く寒波もやってきて夜明けの気温は余裕でマイナスを下回っていた。雪が降らなかったのが不思議なくらいだ。学校の水道はどうも凍ってしまったのか蛇口から水は出てこない。おかげでカセットコンロとヤカンを用意したもののお茶を沸かすこともできなかった。
 氷点下の朝に震えながら集まってわざわざ餅つきをやるために集まるクラスメイトを眺めながら

 「人間のやることはさっぱりわからない・・・・・。」

 とアトムが独り考えたのも無理は無かった。
 でもまあ、餅つきがはじまり体を動かし始めるとだんだん体はあったまりだしたしなんといっても搗きたての餅はあったかくてしかも美味かったのだ。
 だからそのまま餅つきが終了すれば(多少のことには目をつむって)大成功と言ってよかったのだ。ただしクラスメイトの一人が目を白黒させながらひっくり返るまでは。

 

 クラスメイトがひっくり返ったのは苦しいからで、なんで苦しいのかといえば息ができないからで、なんで息ができないかというと餅が喉に詰まったからだ。
 みんなあわてた。はっきりいえばこんなことになるなんて誰も考えていなかったからどうしていいかわからずらうろたえるしかなかった。

 「みんな、落着いて! 僕たちが慌てたところで彼は助からないよ!」

 アトムがみんなのあせりようを見かねてそう言うと 「それもそうだ。」 といったんはみんな落着いた。
 落着いてみんなでしばらく考えてみたところ、なんの解決策も思いつかないことがわかり結局また慌てだした。
 そうこうしている内に餅を喉に詰まらせたクラスメイトの顔はだんだん青黒くなり、もはや一刻の猶予も無いことが明らかになった。要は喉に詰まった餅が取れればいいのだが。
 みんながひょっとしたらアトムがなんとかしてくれるのではないかと期待してアトムの方を見た。アトムとしてもみんなの期待に応えたいのはやまやまだったがそう簡単にはいかなかった。いやもちろん、アトムの10万馬力をもってすればクラスメイトの喉に詰まった餅を取ることなどたやすいことだったのだけれど、その場合、たぶん餅と一緒にクラスメイトの命までとってしまうのは間違いなかったのだ。
 が、いつまでも手をこまねいているわけにもいかない。アトムはとりあえずクラスメイトを横向けに寝かせ口を強引にこじ開けて口の中に手を突っ込んだ。とにかく取れるだけの餅を急いで喉から掻き出すのだ。
 大きな餅の塊が取れるとクラスメイトはちょっとむせこんで弱々しく呼吸をするとかすれた声で言った。

 「・・・み、・・・じゅ・・・・・」

 まだ喉、気管支の周りに取りきれていない餅が残っているせいか思うように呼吸ができないようだ。そうだ。確かに水が欲しいところだ。上手くいけば粘つく餅を洗い流せるかもしれない。が、水は無い。
 水道は凍ってしまったのか蛇口から水が出てこない。
 しかし、クラスメイトにはどうしてもすぐに水が必要なのだ

 

 アトムが差し出した水をクラスメイトに飲ませると、それで喉に残っていた餅がとれたのかクラスメイトはだいぶ楽になったようだ。そしてしばらく休んでいるとさっきまで青黒かった顔色もかなり良くなった。
 元気を取り戻したクラスメイトはすぐにアトムに感謝した。

 「ありがとう、ありがとうアトム!」

 クラスメイトは何度も何度も繰り返しアトムにお礼を言った。
 しかしアトムはというと、お礼を言われれば言われるほど胸苦しい気分になった。

 「アトムのおかげで死なずにすんだよ!」

 クラスメイトはこう言ったが実際には「すぐに死なずにすんだ」と訂正すべきだった。
 なんだか胸苦しくて、胸がうずくような感じがした。いや実際のところアトムの胸は危険というほどではないものの通常よりも緊張状態にあった。
 何人かは気づいたものは居たようだがあえてそれを指摘するものはいなかった。まあそれは賢明な判断と言えるだろう。

 

 つまり結局のところ、誰だって、「命が助かった」と喜んでいるものに

 「さっき君が飲んだ水は、二次冷却水だよ。」

 なんて言えるはずが無かったのだ。