かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

鉄腕アトム

 クラスメートが話しかけてきた。

 

 「おい、アトム。ちょっと宿題を写させてくれよ。」

 

 アトムはちょっと躊躇した。それはイケナイことだからだ。
 アトムの脳であるコンピューター(SONY製)の記憶領域(ハードディスク)にはイケナイことはしていけないとプログラムされている。アトムを造った御茶ノ水博士はイケナイ遊びが好きだというのにおかしな話だ。しかしアトムも機械である以上プログラムには逆らえないのだ。

 

 「それはイケナイことだからダメだよ。」

 

 アトムは困った表情で答えた。
 アトムは限りなく人間に近く、人間の友達になれるロボットなので1000種類以上もの表情がヴァーチャルに再現可能だ。悔し泣きから憤怒の表情、ニヒルな笑いもOKだ。

 

 「頼むよ!今度宿題を忘れたら間違いなく留年させられちゃうよ!」

 

 クラスメートはかなり困っているようだった。
 アトムもさらに困った表情になった。
 この時イケナイことをしてはいけないという禁止アプリケーションの他に、困った人を助けなくてはいけないというHELPシステムの別アプリケーションが立ち上がった。これはマズイのだ。
 禁止アプリケーションとHELPアプリケーションが同時に立ち上がると、まったく正反対な命令が同時に出るので時々アトムはフリーズしてしまう。
 幸いなことに今回はフリーズしなかった。きっとメモリ増設とOSをウィンからリナックスに変えたのがよかったに違いない。安定性が増しているようだ。日本語辞書もIMEからATOKになって快適になった気もする。

 

 「なあ、お願いだから助けてくれよ。」

 

 アトムは助けを求められるとすべてにおいて、「助ける」ことが最優先となるようにOSで位置付けられているのでHELPシステムが上位命令となり、宿題を写させてあげなくてはならない。

 

 「わかったよ、しょうがないなあ。」

 

 アトムは教室の後ろへ行ってプリンタケーブルを手にとった。アトムの頭脳はたまたまSONY製なのだが、SONYという会社はプレイステーション以来後ろ側に余分な通信スロットをつけるのが好きだ。
 アトムは後頭部の髪をかきあげプリンターケーブルをその通信スロットに接続した。

 

 「じゃあ今からプリントアウトするから、ちょっと待っててよ。」

 

 なんといっても脳から直接プリントアウトできるのは便利なものだ。プリンタは平凡なCANON製だったので、ネットからドライバをひっぱてこなくてもOSに標準添付されていたので手間はかからない。

 

 「ありがとう!助かったよ!」

 クラスメートが嬉しそうにプリントアウトされた宿題の束をアトムから受け取った。

 

 「いや、本当に助かったよ。」

 どうやらクラスメートは助かったらしい。アトムにとって誰かが「助かる」ということは至上の価値を示すことなので、アトムとしてもそれは満足なことだった。
 突然別の声がした。

 

 「なにをしているんです?」

 

 まったく気が付かなかったが、いつの間にか担任の教師が二人の後ろに立っていた。教師の目はクラスメートの持っている宿題の束を睨み付けている。

 

 「それはいったいなんですか?」

 

 穏やかに教師は質問したのだがアトムはすばやく赤外線で教師の体温を、ソナーで脈拍を走査し、教師が間違いなく怒っている事を探知した。
 非常によくない状況だ。

 

 「これは、あの…、その…。」

 

 しどろもどろに答えるクラスメート。

 

 「あ、アトムが勝手にやったんです!」


 アトムは驚いた。
 クラスメートは事実に反することを喋っている。つまりこれは「嘘」だ。
 残念なことにアトムは「嘘」というものを知識としてハードディスクに保存していたが概念として理解できていなかった。嘘をつけないように造られているからだ。嘘をつくアプリケーションがインストールされていれば理解できたかもしれない。
 アトムは困った。
 「嘘」がイケナイことだというのはわかるのだが、概念として理解できないがゆえにどう反応していいかわからないのだ。アトムは密かに脳内でGoogleサーチをかけて最も適合率の高い概念を探した。どうやら「ジョーク」がアトムが理解できる概念で最も適合率が高いようだ。どちらも「本当ではない」「本気ではない」という共通項がある。
 アトムは安心した。
 「ジョーク」なら得意だったからだ。人間と友達になるために「ジョーク」は欠かせないからジョーク系のアプリケーションは充実しているし、吉本百連発のMPEGファイルもある。
 アトムはさっそく今の状況に最もふさわしいジョークアプリケーションを起動させることにした。
 それに気がつかずクラスメートが喋りかけてきた。

 

 「な、なあ、そうだよな?アトム。」

 

 アトムは右手の甲でクラスメートの肩をポンッと叩き怒鳴った。

 

 


 「んなわけないやろっ!」


 起動したジョークアプリケーションはツッコミだったのだ。完璧すぎるほどの見事なツッコミがきまった。

 まあ、しいて問題をあげるとするならそれはアトムのツッコミが10万馬力だということだけだった。

 

 

 つまり結局のところ、クラスメートは助からなかったのだ。