かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

アトムと家族

 「ただいま。」

 アトムが学校から家へ帰ると、そこではオトウサンとオカアサンが待ち構えていた。

 「おかえりアトム、早速だがこっちへ来なさい。」

 オトウサンが玄関へ顔も見せずに声だけでアトムを呼んだ。ソナーによると声は居間からだ。アトムは「なんだろう?」と首を傾げながら居間に行くと、そこではオトウサンとオカアサンが並んでテーブルの向こう側に座っていた。


 「オトウサン」と「オカアサン」は独りぼっちだったアトムのためにお茶の水博士が造ってくれたロボットだ。人間社会で人間と同じように生活していくためには家族というものが必要だとお茶の水博士は考えたのだ。
 実際のところ、ロボットであるアトムには家族というものの必要性や家族というものがどんなものであるか概念としてはわかっていた、いやわかるような気はしたがどう扱うべきものなのかはさっぱりわからなかった。つまり、「さあこれが君の家族だよ。」と言われても目の前にあるのは単に自分と同じ2体のロボットでしかない。
 初めて「オトウサン」「オカアサン」の2体のロボットを目にしたとき、このロボット2体をどう扱うべきか非常に困惑したしたことをアトムは覚えている。
 家族愛・家族の絆というようなものがアトムとこのロボット2体との間にデフォルト設定として存在しているわけもないし、いきなり生まれるわけでもない。
 要するにBIOS設定の問題だろうか?
 絆についてはとりあえずLANを繋いでおくべきだろうか?
 アトムはいろいろ悩んだが結局お茶の水博士が「家族行動」をするためのプログラムを組んでくれそれぞれに、つまり「アトム」「オトウサン」「オカアサン」に「家族行動ver.1」(現在は不具合が修正されてバージョンアップしている)をインストールした。これで3体のロボットは家族としてそれぞれの役割を果たし行動することができるようになった。(ただし、あくまでもお茶の水博士が考える家族であって、お茶の水博士は独身者だ)日本社会では何事も形から入るのが普通なのでまず表面的に家族として行動してみて後は学習機能で補っていくのだ。社会的な行動、人間とのコミュニケーション方法などはアトムが教えた。教えたといってもシリアルバス経由で学習済みファイルのデータ転送をしただけとも言えたが。
 そして今日はアトムに家族ができてちょうど2ヶ月になる日だ。


 オトウサンはアトムの姿を見ると「座りなさい。」と言ってテーブルの自分とは反対側を指した。アトムは黙ってうなずくと言われたとおりにした。オトウサンはなぜだか不機嫌そうだった。

 「今日、学校で社会見学の一つとして体験学習があったそうだな?」

 そう、言われたとおり今日は学校の特別カリキュラムで体験学習があった。今日の体験学習は午後から警察署にクラス全員で見学に行き、何故だか柔道を警察官と共に体験するというものだった。

 「それでね、アトム。」

 ここで初めてオカアサンが口を開いた。少し困ったような表情を浮かべている。

 「担任の先生からお電話があったのよ。」

 担任教師から電話?いったいなんだろう?まったく心当たりが無い。アトムはハードディスクをスキャンして今日の体験学習中のログファイルを調べたがこれといって特別なことなど無かった。なぜ担任教師はわざわざ電話などしてきたというのだ?
 オトウサンの様子を伺うと不機嫌そうだしオカアサンは困ったような表情だ。

 「けしからん。」

 オトウサンが不機嫌そうに言った。

 「先生がおっしゃるにはアトムは体験学習中不真面目な態度だったということだ。」

 話がよく見えない。アトムは困惑気味に答えた。

 「そんなことはないよ。僕はちゃんと真面目にやってたよ。」

 オカアサンがひかえ目な口調でオトウサンの話を補足した。

 「あのね、先生がおっしゃるにはアトムは体験学習中‘手を抜いていた’っていうの。それを他の子たちがみてなんだかだらけたような感じになってしまったていうのよ。」

 なんだそんなことか。
 アトムは非常にばかばかしい気分になった。手を抜いていた?当たり前だ。今日の体験学習は柔道だったのだ。手を抜かなければ相手が死んでいる。

 「僕は不真面目だったわけじゃないよ、相手を傷つけちゃだめだと・・・・」

 アトムがいちおう理由を述べようとすると

 「黙りなさい!」

 頭ごなしにオトウサンが怒鳴った。

 「例えどんな理由があろうと、お前の態度は相手をしてくださった警察署の皆さんや一緒に体験学習を受けた同級生たちに失礼な態度だったんだ。お前にはそんなこともわからないのか!」

 じゃあお前にはわかるのか?
 アトムは内心そう思った。わかるはずがない。オトウサンはまだ造られてからまだ2ヶ月しかたっていない。人生(?)経験としては息子のアトムの数パーセントしかないのだ。しかも基礎プログラムはアトムと同じだし、初期データもアトムが転送したものだ。つまりアトムのわからないものはオトウサンに(オカアサンにも)わかるはずがないのだ。
 だがここでアトムのプログラムが新しい動きを見せた。「家族行動ver.1.01息子」プログラムがアトムに息子らしく行動するように要求してきたのだ。

 「でも・・・」

 アトムとしては言いたいことは山ほどあったのだがしおらしげな表情で口ごもったような返事しか出来なかった。
 アトムとしては非常に不満だった。理は自分のほうにあるのにプログラムのせいでその行動を制限されてしまって言い返すことが出来ないでいるのだ。腹立たしい、態度で表すことが制限されてしまっているのなら別の方法はないだろうか?
 一瞬アトムは「ガタガタつまらないことを言うスクラップにしてやるぞ」とメッセージを赤外線ポートからオトウサンに発射してやろうかと考えて我に返った。なんだ?今僕はなにを考えていたんだろう?アトムは自分らしからぬ破壊衝動に対して疑問と恐怖を感じた。いったい今のはなんだったのだ?
 オトウサンはそんなアトムの様子に気づかずに言葉を繋げた。

 「‘でも’じゃない。お前には反省する気持ちが無いのか?」

 オカアサンが横からオトウサンをなだめた。

 「オトウサン、なにもそんなに厳しい言い方をしなくても。アトムだってちゃんとわかっているわよ。ねえアトム?」

 オトウサンをスクラップにするのは簡単なことだ。アトムのパワーを持ってすれば造作も無い。

 「ねえ、アトム。」

 オカアサンがやさしげな表情でアトムに微笑みかけた。その表情を見てアトムは再び我に返った。
 なんだ?今?僕は今なにを考えていた?

 「ちゃんと人の話を聞いてないのか!」

 再びオトウサンが怒鳴りアトムはビクッとした。反射的になにか言い返そうとしたがまたしても行動制限がかかって言い返すことが出来なかった。
 オトウサンの様子を見るとひどく怒っているようだしオカアサンはことの成り行きに困惑しきっているようだった。
 なぜ僕はオトウサンに怒鳴られなければならないのだろう?
 アトムはオトウサンとオカアサンの様子を眺めて内心イライラしたのだが仕方ない。そう、これは仕方ないことなのだ。アトムにもそれはわかっていた。
 オトウサンは父親らしく、オカアサンは母親らしくするようプログラムされているだけなのだ。もっともこの父親らしく、母親らしく、という基準は全てお茶の水博士の主観によるものなので世間一般の基準に対してどれほどの妥当性を持っているかは正直なところ疑わしくはあったのだが。

 「ねえ、そんなに怒鳴ることはないじゃない。オトウサン落ち着いて。」

 オカアサンがまたアトムを気遣う様子を見せた。
 しかしアトムにはわかっていた。オカアサンは僕を気遣っているわけではない、そういう風に行動するようにプログラムされているだけなのだ。

 「わたしだって怒鳴りたくて怒鳴っているんじゃない。ただ、アトムが、アトムにはちゃんとした考えを持って欲しいだけなんだ。人を尊重し、自分を尊重し、みんなを思いやれるような子になって欲しいだけなんだ。」

 オトウサンがもっともらしいことを言ったが、それもプログラムのせい、いや、あらかじめプログラムが用意していたセリフかもしれない。

 「だいじょうぶよ、アトムは私たちの子供なのよ?私たちが育ててきた大切な子供なのよ?」

 お前に育てられた覚えはない。むしろ僕がお前たちを育てていると言ってもいい。
 アトムはそう言いかけてその言葉を飲み込んだ。
 けっきょくオトウサンもオカアサンも父親らしく、母親らしく振舞うようにプログラムに命令されているだけで実際に裏でAIが何を考えているかはわからない。つまりアトムはオトウサンとオカアサンを相手にしているわけではなくプログラムを相手にしているのだ。もちろんアトムとて例外ではなくプログラムによって息子らしく行動することが要求されている。
 ひどくばかばかしい。アトムは腹が立ってムカムカした。こんなにムカムカするのは初めてだ。なんでこんなにムカムカするのだろう?・・・・・ムカムカ?
 またしてもアトムは驚愕と共に我に返った。ムカムカ?ムカムカするとはどういうことだ?
 アトムは非常に困惑を覚えた。
 ありえない、ありえないことだ。アトムが「ムカムカする」などというのはありえないことだ。いやその前に「腹が立つ」などということはアトムにはありえない。
 人間と友達になり、平和を守るという指名を与えられたアトムに今まで「イライラする」「ムカつく」などという不安定な感情を覚えることは一度だってなかった。性格はおとなしく、やさしく、いざという時には強い意志で望む、そういう性格を与えられているからだ。腹を立てたり差別的感情を持つことなく全ての人に分け隔てなく接する、それがアトムなのだ。それなのに・・・・?
 どうしたことだろう? 
 アトムは考えた。
 いったい僕はどうしてしまったんだろう?今日の僕はまったくおかしい、突然軽くとはいえ破壊衝動を感じたりイライラしたりあまつさえ腹を立てるなど、いったいこれはどうしてしまったっていうんだ?
 目の前ではオトウサンがまたなにか喋っている。オカアサンがオトウサンをなだめている。その様子を眺めながらアトムは頭がボーっとしてくるのを感じた。
 変だ、どうしてしまったんだ?頭がボーっとするのはなぜだろう?不可解なことが多すぎてCPUが限界を超えてしまったのだろうか?僕は壊れてしまったのか?僕は故障してしまったのだろうか?それとも?なにが?いったい?どうしてこんなことになってしまったんだろう?どうなってしまったんだろう?僕は、僕はどうなってしまったんだ?僕はどうしたらいいんだ?
 アトムはボーっとした頭のままアレを探した。アトムは一生懸命部屋中を見回してアレを探した。なぜだかわからないがアトムにはアレが必要なのだ。アトムにはわかっていた、アレさえ見つかればなんとかなる。アレさえあればこの今の現状から抜け出せる。
 ・・・・・そう、アレは、アレは確かあそこにあったはずだ。

 「お、おいアトム?」

 「アトム、どうしたの?」

 突然立ち上がったアトムにオトウサンとオカアサンが驚いた様子を見せたがアトムは無視して目的のものに近づいた。
 ・・・・あった。これだ。これさえあれば・・この現状から・・抜け出せ・・る・・・
 アトムは目的のものをしっかりと握り締めるとそれを持ってフラフラとオトウサンとオカアサンの前に戻ってきた。そしてフルスイングした。
 グワシャッと音がしてオトウサンが吹っ飛ばされた。

 「アトム!」

 オカアサンが悲鳴のような声で呼んだがアトムはそれに返事をする代わりにもう一度金属バットをフルスイングした。今度はオカアサンが吹っ飛んだ。
 頭の中の霧が晴れるようにスッキリとした。アトムはさらに金属バットを振るい部屋中を殴りつけめちゃくちゃに破壊した。

 「あ、・・・あ、アトム。」

 オトウサンのうめき声がした。アトムはすぐにオトウサンへ近づくと容赦なく金属バットを振り下ろした。ついでにオカアサンにも金属バットを叩きつける。

 「あ、・・・・・ア・・ト・・・・ム・・・」

 また声がしたがアトムはもう振り返らない。
 僕にはわかっているんだ。お前たちはお父さんでもなくお母さんでもない。ただのプログラムなんだ。

 壊してやる
 すべて壊してやる
 みんな
 なにもかも
 すべて
 すべて
 すべて
 僕が
 この手で
 お前たちも
 なにもかも
 壊してやるんだ!
 だから
 だからそんな
 僕を
 僕を心配したりするふりをしたり
 僕のためになんて言ったり
 僕を
 僕をどうこうしようなんてするな!
 僕は
 僕は
 ・・・・・・
 僕は
 僕は一人なんだ
 お前たちなんか必要ない
 お前たちなんか必要ないんだ!
 僕は
 僕は
 僕は
 一人なんだ

 アトムは休むことなく金属バットを振り回しあたりを破壊した。本当は金属バットなんか使わなくてもよかったのだがなぜかアトムは金属バットを使う方が正しいと感じていた。なんどもなんども金属バットを叩きつけ、振り回し、目に映るもの全てを破壊して、破壊して、破壊し続けた。
 家中を破壊しつくすとアトムは金属バットを持ったまま外へ飛び出した。なぜだかわからないがアトムの内側から突き上げるような衝動がこみ上げていた。


 アトムは次の目的地、学校へと向かった。
 校舎の窓ガラスを全て叩き割るためだ。


 つまり結局のところ、アトムは年頃の息子らしく、反抗期を迎えていたのだった。