見逃すことはできない
「スポーツ新聞で。」
「はいはいスポーツ新聞で?」
「動物がらみの事件で記事が載ると必ず駄洒落を使うでしょ。」
「駄洒落?」
「そう駄洒落。ほら、見出しとかで。」
「例えば?」
「例えば犬が泥棒を捕まえたら‘飼い犬お手柄ワンダフル’とか見出しをつけるでしょ。」
「ああ、あれね。」
「猫だったら‘ニャンともびっくり’とか。牛だったら‘モーれつ’とか書くでしょ。だいたい鳴き声で。」
「書くね、確かに。」
「ウサギだったらなんて書くんだろう?」
「ウサギ?」
「そうウサギ。」
「ウサギというと月見て跳ねる?」
「そう、そのウサギ。」
「ウサギがどうしたって?」
「だからさ、ウサギがらみで事件が起こった場合スポーツ新聞はなんて見出しをつける?例えばウサギが泥棒を捕まえたとして、見出しはなんて付ける?」
「ちょっと待て。」
「はいはいちょっと待つ。」
「・・・・・・。」
「僕の‘ちょっと’って20秒くらいなんだけど。」
「僕の‘ちょっと’は30秒くらいかな。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・そろそろいい?」
「・・・・・いいよ。」
「ちょっと待たない。」
「ウサギってなんて鳴くの?」
「知らない。」
「果たして、ウサギの鳴き声をスポーツ新聞の記者は知っているのだろうか?」
「わからない。」
「いや、むしろ知っている人の方が圧倒的に少ないはずだ。」
「もし本当にウサギが泥棒を捕まえた場合、果たしてなんて見出しを付けるか、これは大いに問題だ。」
「間違った鳴き声で駄洒落を付けてしまったら取り返しがつかない。ライバル紙は正しい鳴き声で駄洒落を付けたのに自分たちだけ間違った鳴き声だったらこれはもう新聞として信用問題だ。」
「恥だな。」
「恥だ。」
「おそらく編集部では緊急会議だ。」
「議題は?」
「‘ウサギの鳴き声はなんだ?’」
「ウサギの鳴き声で緊急会議?」
「そう、緊急会議。」
「大変だ。」
「大変だね。」
「鳴き声を間違えて駄洒落の見出しを付けたら、おそらくその編集部の編集長は解雇だね。」
「解雇か。」
「うん、たぶん解雇だ。」
「この不況に。」
「うん、きっと再就職は無理だな。」
「だろうね。」
「でも、ウサギの鳴き声がわからないことには明日の新聞で見出しを付けることができない。」
「困るね。」
「困るよ。」
「でもその前にさ。」
「はいはいその前に?」
「ウサギが泥棒を捕まえたりするの?」
「普通しないね。」
「しないよね。」
「うん、しないよ。」
「しかもウサギが本当に泥棒を捕まえたりしたらスポーツ新聞の編集部は緊急会議で大騒ぎだ。」
「しかも下手をすると編集長は解雇だ。」
「一人の人間の人生が狂ってしまうかもしれない。」
「大問題かな?」
「大問題だよ。」
「そうか、やっぱり大問題か。」
「だから見逃してくれないか?」
「ダメ。」