無人島
気がつくと私は砂浜で倒れていた。
波打ち際で倒れていた私の足元に波が寄せて引き寄せては引いている。
ふと隣を見ると犬が私と同じように横たわっている。
いったいこれはどうしたことだろう?
そうだ。思い出した。
私の名はタロウ。
私は4人の仲間たちとともにヨットで航海をしていた。
航海は順調だったが昨夜、突然の嵐に巻き込まれ私は海に投げ出された。私は海に沈んだが救命胴衣をつけていたおかげで助かった。私が海上に浮かび上がったとき見た光景は我らのヨットが大きく傾いて横倒しになるシーンだった。それはやけにゆっくりとした映画のワンシーンのように私の記憶に焼きついた。
とりあえずは助かったのか?
私の隣にいる犬は私の愛犬、名はジロウだ。ジロウも私と一緒に航海をしてきたかけがえのない仲間だ。
ジロウも目が覚めたのか気遣うような目で私を見上げている。
かわいそうに。
さぞかしジロウも不安なことだろう。
私はあちこち痛む体を起こし立ち上がるとあたりを見回した。
他の仲間たちはどうなったのだろう?
それにいったいここはどこなのだ?
「ジロウ、行こう。」
私は今やただ一人、いやただ一匹の仲間となってしまったジロウに声をかけた。
もしかしたら他にも助かっている仲間がいるかもしれない。それに今私たちがどこにいるのかも確かめなければならない。
ジロウは小走りに私の前に出ると私を先導するかのように歩き出した。
それを見て私はこんな悲惨な状況でありながらとてもうれしい気分になるのをこらえ切れなかった。ああ、ジロウよ、お前は私のすばらしく頼もしい相棒だ。
私たちが漂着した海岸は砂浜だったがその砂浜は1マイルも歩くとゴツゴツとした岩場に変わった。私とジロウはその岩場を苦労して登り、そして下り、海岸線を仲間の姿を求めながら歩き続けた。
私たちは半日以上歩き続けた。やがて岩場はまた砂浜に姿を変えまた岩場になり、そしてまた砂浜に変わった。ここで私はあることに気がついた。この砂浜は私たちが漂着した最初の砂浜だ。
「ジロウ、どうやら私たちはこの島を一周したようだよ。」
ジロウはクゥ~ンと小さく鳴いて返事をした。
私はあたりをもう一度見回して間違いがないことを確認した。やはり私たちはこの島の海岸線を一周したのだ。
私たちは結局、なにも見つけることはできなかった。
このことは次の三つの事実を示している。
一つはこの島に漂着したのは私とジロウだけだということ。仲間どころかヨットの残骸が流れ着いているのさえ見つからなかったのだから間違いないだろう。
二つ目は半日ほどで海岸線を一周できてしまうほどこの島は小さな島であるということ。いやその前に、ここが島であることもこれによって確認できたということになる。
三つ目、海岸線を歩いていて港らしきものに出くわさなかった。こんな小さな島に人が住んでいるなら絶対に海と関わりなく生活をしているはずがない。つまり、この島は、おそらくは無人島だということだ。
絶望的だ。
仲間もいなければ、助けを求めるべき相手もいない無人島。いったい、いったい私はどうしたらいい?どうすればいい?
こんなどこかもわからない場所で一人死んでいけばいいというのか!
絶望。
私にあるのは絶望だけだ。
他には何もない。
たっだ絶望があるだけだ。
死。
絶望の先にあるのは死。
私は死ぬのか?
ここで、ただ一人死ぬのか?
私の周りをグルグルと絶望と死というイメージが取り囲んだ。
悲しくもない、苦しくもない。
ただあるのは絶望と死のイメージだけ。
何をしていいかもわからない。いや、この状況でいったい何ができるというのだ。私に何ができるというのだ。誰か教えてくれ。頼む、誰でもいい。誰でも、誰でも、誰か、誰か、誰か・・・・・・・。
・・・・・・誰もいない。
私に答えてくれるものは誰もいない。
ただ、私のそばにいるのはジロウという名の犬が一匹いるだけなのだ。
私はひどく呆けた、そして限りなく無心、いや思考が停止した状態でポツリとつぶやいた。
「ジロウ、どうやらここは無人島のようだ。」
ジロウは返事をしてくれなかった。
ジロウは鼻をヒクヒクと動かし海とは反対方向、つまり陸側を見ていた。陸側にはジャングルとまでは行かないが深い森が広がっていた。ジロウは突然駆け出すとその森に飛び込んでいった。
「ジロウ!」
いったい何があったというのだ。いや、何があるというのだ。私は夢中でジロウを追いかけた。正直にいえば不用意に見通しの悪い森へ飛び込むのはなにか危険な気がしないでもなかったが、私にできることといったらジロウを追いかけること以外になにもなかったのだ。
それはほんの数分だった。ジロウを一瞬見失ったもののジロウが駆けていった方へ必死ですすで行くと小さな泉がありそこにジロウはいた。ジロウはこの泉の存在を感じ取ってここまで駆けてきたのか。
「ジ、ジロウ・・・・・。」
私はジロウの姿を見て安心するとともに泉を見てあることに気がついた。それは強烈な飢えと渇きだった。この島に漂着してから私は飲まず食わずで歩き続けてきたのだ。喉は渇いてカラカラだったし、膝は疲労でガクガクと震えるほどだった。
ジロウはそんな私の姿をチラッとだけ見るとゆっくりとした仕草で泉の水を飲みはじめた。ジロウよ、ああ、ジロウよ。お前は私にその泉の水が飲めるということを、飲んでも大丈夫だということを自分の身をもって教えてくれてるんだね。
私はジロウの横に膝をつくと身をかがめておそるおそる泉に口をつてその水を啜った。・・・・・うまい。体が全身を上げて水を求め私はもはや無我夢中で水を啜った。
ジロウ、ジロウよ。
ジロウは水を飲み終わると自分の体をなめて毛づくろいをしている。私はそっとそのジロウに手を伸ばすとゆっくりと強く抱きしめた。
そうだ、私は一人じゃない。ジロウがいる。こんなにも頼もしくこんなにも暖かい仲間がいる。
もう私はあきらめない。ジロウよ、お前が教えてくれたのだ。水のありかを私に示し自らがそれを飲んで見せることで私に生きろと言ってくれたのだ。
ジロウ、私にはお前がいる。ジロウ、お前が仲間であることが誇らしい。
気がつくと私はジロウを抱きしめたまま泣いていた。でもこれは絶望の涙ではない。
ジロウにしがみつくようにして泣いている私の背中では陽が大きくか傾き沈もうとしていた。
私とジロウは泉のそばに小さな洞窟のような穴を見つけた。とりあえず今夜はここで過ごそう。さいわいなことにこの島は暖かい。私はジロウのそばで横になりながら明日のことを考えた。
何とか食料を確保しなければならない。そしてこの島から脱出、もしくは救援を呼ぶ方法を見つけなければ。
私は傍らの頼もしい相棒に声をかけた。
「ジロウ、明日もがんばろう。ここが無人島だからって絶望していても仕方ないもんな。」
ジロウは私のほうをジッと見ながら寝そべっている。
そのジロウの姿を眺めながら私はゆっくりとまぶたを閉じた。
・・・・・・お休み、ジロウ。
気がつくと私は砂浜で倒れていた。
波打ち際で倒れていた私の足元に波が寄せて引き寄せては引いている。
ふと隣を見ると人間が私と同じように横たわっている。
いったいこれはどうしたことだろう?
そうだ。思い出した。
私の名はジロウ。
私は5人の人間たちとともにヨットで航海をしていた。
航海は順調だったが昨夜、突然の嵐に巻き込まれ私は海に投げ出された。私は海に沈んだが泳ぎが得意だったので助かった。私が海上に浮かび上がったとき見た光景は我らのヨットが大きく傾いて横倒しになるシーンだった。それはやけにゆっくりとした映画のワンシーンのように私の記憶に焼きついた。
とりあえずは助かったのか?
私の隣にいる人間は私の飼い主、名はタロウだ。タロウも私と一緒に航海をしてきた。
タロウも目が覚めたのか。不安げで落ち着きのない目で私を見ている。
ボケが。
よりによってタロウが一緒だとは。
私はあちこち痛む体を起こし立ち上がるとあたりを見回した。
他の人間たちはどうなったのだろう?
それにいったいここはどこなのだ?
「ジロウ、行こう。」
タロウが私に声をかけた。
もしかしたら他にも助かっている人間ががいるかもしれない。それに今私たちがどこにいるのかも確かめなければならない。
どうやらそれれを確かめにいくつもりらしい。まあそれは必要だろう。付き合ってやることにする。うまく船の積荷でも見つければ食料の確保ができるかもしれない。
どんくさいタロウは私の後をモタモタと着いてくる。チッ、この足手まといが。
あろうことが私のあとをついてきながらうすら笑いを浮かべてやがる。
私たちが漂着した海岸は砂浜だったがその砂浜は1マイルも歩くとゴツゴツとした岩場に変わった。私とタロウはその岩場を苦労して登り、そして下り、海岸線を仲間と船の残骸を求めながら歩き続けた。
私たちは半日以上歩き続けた。やがて岩場はまた砂浜に姿を変えまた岩場になり、そしてまた砂浜に変わった。ここで私はあることに気がついた。この砂浜は私たちが漂着した最初の砂浜だ。私はあたりをもう一度見回して間違いがないことを確認した。やはり私たちはこの島の海岸線を一周したのだ。
「ジロウ、どうやら私たちはこの島を一周したようだよ。」
タロウがわかりきったことをさも重大そうにぬかした。このたわけ。
さらにこの間抜けはつぶやいた。
「ジロウ、どうやらここは無人島のようだ。」
死ね。お前は死ね。ここは無人島などではない。そんなこともわからぬのかこの腐れ頭は。
しかしそんなタロウの寝言より大事なことがある。
私は喉が渇いているのだ。そして今私の鼻は水の匂いを嗅ぎ当てた、よし!
「ジロウ!」
駆け出した私の後ろからタロウの声がしたが、お前のようなボンクラのお守などいつまでもしていられるか!そこで死ぬまで寝言を言ってろ。私は生きる、お前は死ね。
私は足手まといのタロウを置き去りにすると一気に加速し島の中心部の森へ向かって駆け込んだ。
水の匂いに向かって進んでいくと思ったとおりに泉があった。私はその泉の匂いを鼻で確かめてみた。よし、どうやら安全なようだ。
さっそく水を飲もうとすると背後で何か気配がした。
振り返るとそこにタロウがいた。
「ジ、ジロウ・・・・・。」
私はタロウの姿を見てがっかりしたがすぐに気を取り直した。少なくとも足手まといのタロウがいるからといって泉の水がなくなるというわけでもない。今の私にとってもっとも重大な問題は強烈な飢えと渇きだった。この島に漂着してから私は飲まず食わずで歩き続けてきたのだ。喉は渇いてカラカラだったし、膝は疲労でガクガクと震えるほどだった。
タロウは私が水を飲む姿を見るとゆっくりとした仕草で泉の水を飲みはじめた。
タロウよ、ああ、タロウよ。お前はなんと無様なんだ。それでもお前は私の飼い主だというのか。タロウは私の横に膝をつくと身をかがめておそるおそる泉に口をつけると、そのあとは水を夢中で水を啜っていた。這いつくばってゼイゼイ言いながら水をむさぼるように飲む姿はこの上なく無様だった。
私は水を飲み終わると自分の体をなめて毛づくろいをしながら今後のことを考えた。とりあえず水場は確保したものの当面の食料をどうすかは大きな問題だったしかりそめの寝床も必要だ。
気がつけばもう日が傾き始めている。
私はとりあえず食料のことはあきらめて寝床だけでも確保せねばと立ち上がった。するとタロウが私の方へそっと手を伸ばしてきた。そして驚いたことに私にしがみつきながら泣き出しのだ。
私はそっとそのタロウの手を振りほどこうとしたが意外なほどタロウは私を強く抱きついてきた。ああ、私は一人じゃない。タロウがいる。こんなにも足手まといなものがついてくる。
はじめは振りほどこうとしたが、途中で私はあきらめた。タロウよ、お前に教えておきたい。泣くの勝手だが私にしがみついて泣くのはやめろ。私に死ねと言ってくれているのか?
タロウ、私には用がある。タロウ、お前がどうしてもなにかにしがみついて泣きたいのならその辺にいくらでも手ごろな木があるではないか。お前が能無しなのはわかっている。だが頼むから役に立たないだけならまだしも、私の邪魔だけはしないでくれ。
私にしがみついて泣いているタロウの背中では陽が大きくか傾き沈もうとしていた。
私は泉のそばに小さな洞窟のような穴を見つけた。とりあえず今夜はここで過ごそう。さいわいなことにこの島は暖かい。私が穴に入るとタロウもついてきた。私が横になるとタロウも私のそばで横になった。非常にうっとおしいが、同時にタロウという存在などどうでもいいとも言えることだった。そんなことより私には考えるべきことがある。私は横たわったまま明日のことを考えた。
何とか食料を確保しなければならない。できればこの島から脱出できないものか。特に食料の確保は最重要課題だ。
私が思索にふけっているとタロウが傍らから声をかけてきた。
「ジロウ、明日もがんばろう。ここが無人島だからって絶望していても仕方ないもんな。」
また何を言っているのだこの抜け作は?
そもそも「明日もがんばろう」とはなんだ?まるで貴様が今日一日がんばってきたかのような言い草だ。貴様などただ私の後ろをついて歩いて私のおこぼれに与かっているだけではないか。それにここは無人島ではないというのに。貴様はそんなに無人島が好きか?
タロウは私のほうをジッと見ながら寝そべっている。
タロウがゆっくりとまぶたを閉じた。
・・・・・・お休み、タロウ。せっかくだから、貴様の望みをかなえてやるよ。
朝日が顔に当たり私は目が覚めた。そうだ、この穴の入り口は東向きなのだ。
目覚めの気分は爽快だった。
私は軽く伸びをし、そして昨日一日のこと、この島に漂着してそしてこの穴で眠りにつくまでのことを順を追って思い返してみた。
結局のところ、タロウがしつこく言い続けていたように、この島は無人島だった。
いや、正確には無人島になった。
あれほど役立たずだと思っていたタロウも一つだけ役に立った。その点さんざん脳なし呼ばわりしてきた私としてはタロウに申し訳ない気分を多少なりとも感じる。でも私とて生き延びていかねばならないのだ。
・・・・・・ゲップ。