かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

魔王封印

 僕はかつて魔王を封印したことがある。

 

 それはとても寒い日だった。
 当時学生だった僕はあてもなくふらふらするのが好きな人間だった。その日も僕は原付にまたがるとあてもなく学校をサボってふらふらと出かけた。
 本当に何のあてもなく、ふと思いつきで山の方へ向かってみた。今考えてみれば路面凍結とかしていたらとても危ないことだけれど、僕という人間はそういうことを気にしないことにかけてはかなりの才能の持ち主だったのだ。


 あたりまえだけど山はとても寒かった。山道の脇の林には少しだけだけど雪も見えた。そりゃあ寒いに決まっている。しかし寒いだけならまだよかったのだ。困ったことにトイレに行きたくなったのだ。
 あたりを見回したがコンビニも公衆トイレもない。しばらく我慢して走ったがトイレにめぐり合えそうな気配はまったくなかった。民家すらまばらにしか建っていなかった。
 僕はもうしばらく我慢して走ってみたがすぐに我慢できなくなって、人気のないところで道路の脇に原付を止めるとすぐそばの林に入った。まあその、つまり、立ションをするためだ。


 林の中に10メートルほど入り込んで、もう一度僕はあたりを見回してからチャックを下げた。ふと足元を見ると地面から壷だかなんだか土器のようなものが埋まっているらしいのが見えた。ほんの少しだけ地面からその姿を覗かせていたのだ。
 僕は意味もなくその土器に狙いを定めて小便をした。狙い通りに小便は土器に命中した。
 寒さのせいで小便はもうもうと湯気を立てた。ずっと我慢していた小便を出すのはある意味最高の快楽かもしれない。小便は勢いよく出て、湯気もどんどん出た。
 ・・・・・・?
 おかしい?
 いくらなんでも湯気が出すぎだ。霧みたいに湯気が出てきた。あれあれあれ?なんだ?これはいったいどういうことだ?
 僕の周りには周囲の景色がかすむほどの湯気が出てきたのだ。僕はちょっとパニックになった。だっていくらなんでも自分の小便の霧(湯気)のせいで林の中で行方不明になったらあまりにもかっこ悪いじゃないか。
 僕が本気でそんな心配を始めた時、すっと霧(湯気)が晴れた。晴れると同時にでかい声がした。

 

 『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!』

 

 な、なんだ?今度はいったいなんだ?
 ふと気がつくと霧(湯気)は晴れるのではなく空中で集まってなにか人のような形を作り始めていた。

 

 『立ショーン大魔王参上!』

 

 小便の湯気がしゃべった!?
 湯気は空中で筋肉質で大柄ななんとなくアラビア風な男の姿に変身していた。
 立ション大魔王はあっけにとられている僕の方へ向かって優雅にお辞儀をした。とても小便の湯気がしているとは思えないほど優雅な動きだった。

 

 『お呼びでございますかご主人様。』

 

 僕はすぐさま答えた。

 

 「呼んでない。」

 

 『私の住処に小便をおかけになったではありませんか?』

 

 立ション大魔王は僕の方へもう一度優雅にお辞儀をしながらこう付け加えた。

 

 『何なりと御用をお申し付けください。あなた様が願えば世界の王になることも、巨万の富を得ることも、不老不死を得ることも誰かを望みのままにすることも我が魔力ですべて可能にしてご覧に入れましょう。』

 

 いきなりスケールのでかい話だ。世界の王?巨万の富?
 本当なんだろうか?
 本当にそんなことが可能だというのだろうか?
 世界の王になったらいったい何ができる?巨万の富と言われてもピンと来ない。いっそのこと貰えるのなら1億円だっていい。
 それにしても立ション大魔王の言ってることが本当なら、悪人が立ション大魔王を呼び出した場合大変なことになる。世界はきっとめちゃめちゃになる。そうか、ある意味僕は今、世界の命運を握っているも同然と言うことなのか。


 よく考えよう。
 安直に世界の王になりたいとか巨万の富を願うときっと落とし穴がある。
 世界の王になっても世界を統治する責任ができてしまう。はっきり言ってめんどくさがりやな僕には荷が重そうだ。お金もいっぱい貰っても税金問題とかあるだろうし、第一そのお金の出所を説明できない。
 例えスケールが小さくとも実用性が高く現実的な願いをするほうが得策だということだ。
 ただその前に、願いを考える前に、実際問題としてもっと切実な問題があった。
 それはその、僕が立ションをしていたので、その、なんというか、まあつまり、丸出し状態だったのだ。
 はたから見れば、僕はアラビア人っぽいマッチョな外人(立ション大魔王)の前で丸出しなのだ。もう見事なまでに丸出し状態だったのだ。その姿はいわば変態である。付近の住民が見たら間違いなく警察に連絡される。
 そのことに気がついた僕はあわてて言った。

 

 「馬鹿!人が小便をしているときに出てくるなぁ!」

 

 それを聞いた立ション大魔王は僕へ優雅にお辞儀をしながらこう返事した。

 

 『かしこまりました、ご主人様。』

 

 

 こうして、人前に立ション大魔王が姿を見せることは永久になくなったのである。