かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

表には「引く」って書いてあったんだってば

 石川君とファミレスへ行ったときのこと。


 石川君が入り口の扉を押して開けたのを見て、僕は後ろから「あっ」と言ってしまった。扉には‘引く’と書かれたプレートが貼られていたからだ。つまり石川君は‘引いて開ける扉’を押して開けたのだ。
 だからといって別にどうということはなく、引いて開けるはずの扉はなんらかの抵抗をすることもなく押されてもあっさり開いた。むしろ潔いといえるほどなんの抵抗もなく開いたのだ。


 これはどういうことだろう?
 少し理由を考察してみる。
 きっとどっかの店で‘押す’と‘引く’を間違えた客に扉を壊されたに違いない。深夜営業をするファミレスになると酔っ払いもくるだろうしお客の中にはやんちゃな子供もいる。きっとそんな客の中には‘引く’と‘押す’の区別がつかなくてガチャガチャ扉をゆする人もいるだろう。なんといっても(石川君の方を見ながら)シラフでも区別のつかない馬鹿がいるのだ。しょっちゅうそんなことをされていたら扉も早くガタがくるだろう。
 きっとこの‘引く’とか‘押す’のプレートは形式上貼ってあるだけで、扉本体は両開きになっているのだろう。


 僕たちが入ったファミレスはあいにくと少し混んでいた。
 中に入ると順番待ちのリストが置いてあり、僕たちのほかに二組の待ち客がいた。
 石川君は「3番目なら別に待ってもいいだろ?」と言って平仮名で大きく「いしかわ」とリストに書き込んだ。書き込みながら石川君は僕を横目でチラッと見るとこうたずねてきた。

 

 「なあ、さっき店に入るとき‘あっ’て言わなかった?」

 

 ああ、さっきの聞こえてたのか。

 

 「うん、言ったよ。その入り口の扉、石川君は押して開けたけど本当は引いて開ける扉だったんだよ。‘引く’って書いてあったんだ。それなのに君が押して開けたもんだからさ。」

 

 「え、ホント?」

 

 「ああ、でも押しても開いたから別にどうでもいいんだけどね。」

 

 そしたら石川君、ちょっと首をかしげて不思議そうに扉を指差すと

 

 「なに言ってんだそこをちゃんと見ろよ。扉にはちゃんと‘押す’って書いてあるぞ?」

 

 

 いや、こっちから見たらね。