あなたを分けてください
「
知ってましたかこのビルのことを、けっこう有名なはずなんですけどね。
半年の間に9人も飛降り自殺があったんですよ。この屋上からひゅーっと、ひゅーっとね。
なんせ20階建てのビルですから、飛降りた人も大変です。もう落ちた瞬間粉々ですよ。そりゃもう見事なほどです。元の形もなんてわからないありさまです。
2人目が飛降りたあと、さすがに警察もビルの管理者も困ってしまってこの屋上にフェンスを立てたり屋上への出口の鍵を交換したりしましたが、どういうわけか効果がありません。飛降りる人はどうやってか屋上へ上がりフェンスを軽々と越えてしまうのです。
これにはみんな困り果てました。
なんせどんなに厳重に鍵をかけても、どんなにフェンスを高く作ってもまるでどういうわけか効果がないのですから。
それにもう一つ困ったことがありました。警察がどんなに頑張って調べてみても、なんで飛降りたのか、何で自殺したのか、自殺者の動機がわからないのです。どこをどう調べてみてもさっぱりわからないのです。
5人目が飛降りたとき、目撃者が出ました。
不思議なことにその目撃者が言うにはですよ、飛降りた人、‘助けて’と言いながら落ちていったそうです。‘助けて’と言いながら落ちていくのを目撃したのだそうです。
大変です、こうなると自殺じゃなくてみんな誰かに殺された可能性が出てきました。
警察は調べ直しです。最初から全部、みんな調べ直しです。するとおかしなことに気が付きました。飛降りた人みんな、飛降りて粉々にバラバラになった死体集めてみますと必ず何か足りません。どんなに探してみても体のどこかが足りません。
1人目は右足。
2人目は左腕。
3人目は尻。
4人目は右腕。
5人目は頭。
そして6人目以降も体のどこかがなくなります。
そして9人目のとき誰かがポツリと言いました。
‘これで、1人分そろいましたね。’
」
誰かに呼ばれたような気がしてふらふらとやってきた20階建てのビルの屋上、誰にも気づかれない給水等の裏、目の前の動かない1人分の肉、動かない死体の寄せ集め、動かない肉人形、僕に尋ねました。
「
でも本当はまだ1人分そろってないのです。
この体、動かないですもの。1人分そろったと思ったのにちっとも動かないですもの。
いったい何が足りないのでしょう?
みんなそろってるはずなのに、体の部品、いろんな人から少しずつ貰って、やっと1人分そろったのに何が足りないのでしょう?
ただ動きたいのです、ただ歩きたいのです、この場所からどこかへ行きたいだけなのです。
いったいあと何が足りないのでしょう?
」
暗い暗い20階建てのビルの給水等の裏、日の当たらない影の下、目の前の動けない1人分の醜い肉、動けない死体の醜い寄せ集め、動けない醜い肉人形に、僕、教えてあげました。
「足りないのは心です、体はあっても心のないあなた、あなたは心のない空っぽな肉人形、人間と違って動けるはずがありません。」
立ち上がる肉人形、かわりに床に転がる僕。
「
それではあなたの心を分けてください。
私に足りないもの、あなたが分けてください。
」
もう肉人形が人間で、僕が肉人形。動ける肉人形と、もう動けない僕。
心を手に入れた肉人形、恐る恐る体を動かし歩いてみた。
そして自分の体を触り確かめた後、寄せ集めの自分の体を眺め回す。
そして何かを思い出したように叫び声をあげると屋上のフェンスを乗り越えて消えました。
なんでかはわからない。どうして飛降りたのかはわからない。
僕の心を手に入れた肉人形、飛降りていなくなってしまいました。
どうして飛降りたのか、僕、心がないからわからない。
そんなことより、僕、動けない僕、どうしたらいいでしょう?
どうして僕、動けないのでしょう?
ああ、それは心がなくなってしまったから。
心、心、心。
無くしてしまった心、誰かに分けてもらいましょう。
ここから誰かを呼んでみて、やってきた誰かの心を分けてもらうことにいたしましょう。