世界の終わり
世界は明日滅びるのだ。
足元を砂ぼこりが転がりぬけていった。
堤防の上に立ち空を見あがると焼けただれたような赤い色が広がっている。
僕は時計を見た。時間は十分だ。僕は堤防から砂浜に飛び降りた。
僕は海に会いにここまできたのだ。でも海は遠くにいってしまった。
僕は、かつて太平洋と呼ばれた海が行ってしまったと思われる南の方を眺めた。見えるのはゆるい下りになった砂地が広がっているだけだ。だけど海はなくなってしまったわけではない。ずっと向うにまだいるはずだ。ようするに海岸線だけが遠くなってしまっただけなのだ。
僕は自分にそう言い聞かせると南に向かって歩き始めた。事前に仕入れた情報では2時間も歩けば海に会える。
僕は砂地を、かつては海底だった場所を一人黙々と歩きつづけた。
元海底だった場所は独特の匂いがした。腐敗したような匂い。生き物がかつてここにいたのに今はもういない、そんな匂いだ。その中を僕は歩きつづける。
2時間歩きつづけても海は見えてこない。
砂地を歩きつづけるのは予想していたより大変だった。疲労感で足の力が抜けてしまいそうだが休憩する気になれない。ただ歩きつづける。
どうせもう終わりなのだ。そして今の僕にできることといったら歩きつづけることしかない。
そう思うと自分のことが少しおかしく思えた。
さらに小一時間ほど歩きつづけると遠くに海らしきものが見えた。いや、海らしきものではない、海だ!
足が自然と早足になる。
海だ。
海だ!
海なんだ!
やっと会える!
青い海だ!
僕は疲れきった足を引きずるように、でもできる限りの速さで動かし進んだ。
ああ、海だ。
やっと会えたんだ。
やっと海までたどりつけたんだ。
海は、
海は、
やっと会えた海は、
やっと会えた海は青くなかった。
海はどんよりとして濁った緑色をしていた。
それは哀しいほどに死んだ色、死んだ海。
僕はその海の波打ち際で力なくベタッとしりもちをつき座り込んだ。
…こんなもんか。
そうだ、いったい僕は何を期待していたというのだろう。考えてみれば青い海、生きている海になんて会えるはずがなかったのだ。
世界ハ明日滅ビルノダ。
僕はしりもちをついたまま立ち上がる気力もなく、両膝を立てその両膝を両腕で抱え込むようにして座り込んだ。この座り方をなんと呼ぶのだったろう?ああ、そう。体育座りだ。僕は体育座りのままその両膝の上に伏せるように頭を乗せ静かに眼を閉じた。
セカイハアシタホロビルノダ。
いったい僕は何をしているのだろう?
もう明日には僕は死ぬのだ。消えるのだ。滅びるのだ。
なのに会いたい人もいない。愛する人たちももういない。
僕は閉じていた目を開き目の前の死んだ海を見た。僕の周りには僕以外の生物は存在しない。
セカイハアシタホロビルノダ。
僕は一人ぼっちで死んだ海を目の前にいったい何をやろうとしてたんだろう?ひょっとしたら異変前の命に溢れた海に会えるとでも僕は本当に思っていたんだろうか?だとしたら僕はなんと哀れでこっけいなやつだろう。厳然たる事実の前には僕の願望などホコリ一つほどの価値もないというのに。
セカイハアシタホロビルノダ。
いやだ。
死にたくない。
死んでしまったら僕はいったいどうなってしまうんだ?死後の世界があるのか?それとも何も残らずただ僕という取るに足らない存在は消滅してしまうだけなのか?
消えたくない。
僕というちっぽけな存在でもその存在するということをやめたくない。
考えるということを消したくない。
感じることを殺したくない。
想うことを失いたくない。
セカイハアシタホロビルノダ。
僕は気がつくと再び目を閉じ体育座りのまま小さく丸なって泣いていた。何もできず泣いていた。
疲れのせいか眠くなってきた。
…ああ、このまま眠ってしまったら次に目が覚める時にはこの惑星は滅びてしまっている。
…いや、次に目が覚める時はないだろう。きっと僕はその時に存在しないものになっているはずだから。
ソシテセカイハホロビルノダ。
とまあこんあ夢を見たんですよ。」
僕は薫河家のカウンターでだらしなく酔っ払いながら店の主、香川さんに話していた。なんと迷惑な酔っ払い。自分が見た夢の話を人に長々と聞かせるなんて。
「おかしな夢を見たんですねえ。」
そんな僕にも香川さんは愛想よく相手をしてくれた。やはり生きているということはいいもんだ。
「でも、どうして世界は滅びたんですか?」
「その辺はしょせん夢の中の話ですからねえ。夢の中の僕はその原因をすべて把握していたんですけど目が覚めたらさっぱり覚えていないんです。たしか人為的災害が原因立ったような気がしますけど。」
そうですか、と返事をしながら香川さんは僕の前にオカワリのチューハイを置いた。僕はそれを一口だけ飲んでまた話を続けた。
「ただね、その夢を見てからなんか変な感じなんですよ。なんか体全体がもやーとしているような。」
「へー。でもそういうことってありますよ、たまに。」
「それでね、ふと思ったんです。」
「はあ。」
「ひょっとしたら、本当は夢のとおり世界はすでに滅びていて、僕たちは残留思念かなんかで、それに気がつかず普通の生活をしているつもりになっているんじゃないか?って。」
そしたら香川さん急に慌てた様子で僕の方へグッと近寄り、唇の前に人差し指を一本立てて
「シーッ!」