かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

薫河家

 久しぶりに香川(仮名)さんの店にいった。飲み屋だ。
 屋号は「薫河家」、読みは「かがわや」、名前の漢字をかえてあるだけ。カウンター席しかなくて小さいけど刺身が美味い店だ。香川さんは僕より若いんだけど、24歳で独立して店を開いた努力家だ。ちょっと尊敬している。性格は明るくてちょっと天然ボケしている。
 香川さんは男だけど、明るい性格のせいか香川さんと話すのが目当てでくるお客も結構いるみたいだ。ほとんどおっさんだけだけど。

 で、僕が店に入ると常連ばかりだった。お互い名前は知らないけれど顔見知りな人たちばかり5人(僕を入れて)。こうして常連ばかりになるとお互い本当はよく知りもしない者同士なのだけど、ちょっと馴れ合いな雰囲気で語り合ったりする。
 なんでなんだか、今回はみんなで「ワル自慢大会」をやっていた。

 「オレはさー、昔こんなことやっちゃたのよ。」

 てな感じで。
 なんか1等をとると奢ってもらえるように勝手に話が決まっていた。むろん僕も途中から強制参加させられる。1等の条件は面白いワル。
 で、まあどんなワルが自慢されていたかというと、

 「ケンカ相手を入院させた。」
 「ヤクザの車に当て逃げ。」
 「弟の彼女と浮気。」
 「学校の図書室の本を古本屋で売却。」
 「賽銭泥棒。」
 「パトカーに追突。」
 etc…

 みんな色々やってるなあ…。
 で、僕はというと自慢できるようなワルなど一つもない。困った。

 「で、君の話は?」

 と、水を向けられたが本当に話すことない。でもこういう時になんにも話さないと場がしらけてしまう。なにか言わなくては。

 「実はなにも自慢できるようなワルをしたことがないんです。まあ、ここは‘人には話せないがオレは人殺し以外のワルは全部やった’ってことで勘弁してください。」

 ちょっと、みんな苦笑い。
 でもまあ軽く流して勘弁してもらえそうな雰囲気だ。そしたら香川さん、みょうに感心した口調で

 「すごいですね、ナカムラさん。」

 え、なにがですか?

 「人殺し以外のワルは全部やっちゃったんですか? 僕は小心者なんで人殺し以外のワルなんて全然やったことないですよ。」

 

 


 そんなわけで今回の1等は香川さんに決定。