かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

世を分かつ川 2005-05-25

 「・・・・・患者の・・・・・意識が・・・・このままでは・・・・・・危険・・・・・・」

 


 目の前に川が広がっていた。
 初めて見る川で向こう岸は見えない。
 向こう岸が見えていないにもかかわらず、僕には目の前にあるモノが川で、向こう岸があることもわかっていた。
 川の向こうから僕を呼ぶ声が聞こえた。誰の声なのかわからない。思い出せないけど懐かしい声。
 僕は妙に心をせき立てられて、早く川の向こうへ、僕を呼ぶ声の元へ行こうと足を踏み出した。
 行ってはいけない気がした。
 引き留めるモノが後ろにある気がした。
 大切なモノを置いてきた気がした。
 でも僕は、振り返らなかった。

 

 「心拍数低下。」

 

 僕は川の中に足を踏み入れた。

 

 「駄目です。体温も低下しています。」

 

 川の水は温かくもなく、冷たくもなかったから僕はなんのためらいもなく川の中へ進んだ。

 

 「緊急蘇生処置の準備急げ!」

 

 そして僕は、自分で自分のことをなんて愚かなんだろうと思ったのだ。

 

 「どわああああ!」

 「わ! なんだ。」

 「患者の意識が戻った!?」

 「し、死ぬかと思った。」

 「いや、死にかけてたし!」

 「しかしどうして急に、意識が?」

 「僕は泳げないんだ!!」