かおなし=Faceless

日常だったり雑談だったり妄想だったり

佐賀さんと僕

 年末の話。
 年末といえば忘年会。忘年会にはたいてい二次会が付き物で、二次会でなにをやるかといえば、どこへ行くかといえばだいたい決まっている。僕たちが忘年会の二次会でどこへ行ったかと言うとそう多くない選択肢の一つ、カラオケボックスへ行ったのだ。
 カラオケボックスで二部屋かりてそれぞれ適当に二手に分かれ部屋に入った。しばらく適当に順番に歌っているとあっちの部屋の連中がこちへ来たりこっちの部屋の連中があっちへ行ったりしだして気が付くと部屋の中は僕と佐賀(仮名)さんの二人だけになっていた。

 

 この佐賀さんという人が僕にとってどういう人かというと好きか嫌いかと問われれば「好きではない」。「好き」と書かれた旗と「嫌い」と書かれた旗を持たされたら間違いなく「嫌い」とかかれた方の旗を揚げる。僕にとって佐賀(仮名)さんという人はそういう人だ。
 見方を変えて佐賀さんという人を見れば「女傑」と呼べるかもしれない。20代後半で社内のパートのおばちゃんを強力に纏め上げている会社の女性事務員だ。海千山千のつわもののおばちゃんたちを仕切るのそのリーダーシップは並じゃないかもしれないが僕からしてみればおばちゃんたちと結託していて扱いづらいともいえる。
 言葉ではあの独特の佐賀さんとパートのおばちゃんたちのイメージがうまく表現できないのだけれど、社内を我が物顔で闊歩するパートのおばちゃんたちとそれを仕切る佐賀さんのことを僕が密かに「大相撲佐賀部屋」と呼んでいることから、佐賀さんという人をイメージする助けとしていただきたい。

 

 佐賀さんはみんなどこかへ行ってしまったにもかかわらずマイク片手に機嫌よくドリームズカムトゥルーの「未来予想図」を歌っていた。
 ・・・・・しまった。僕も何食わぬ顔でみんなと一緒に部屋を出て行ってしまえばよかった。でももう遅い、完全にタイミングを失ってしまった。
 がらんとした大きな部屋で二人でカラオケをやっていても、しかもその相手が佐賀さんでは面白くもなんともない。言ってしまえば僕にとっては拷問に近い。みんな冷たいじゃないかずるいじゃないか、僕に声もかけずにそそくさと何食わぬ顔で出て行ってしまうなんて。でも今ここで佐賀さん一人を残して僕が部屋を出て行ったら佐賀さんはさすがに怒るだろう。そしてその恨みはすべて僕に向く。もしかしたら僕は人身御供としてわざと置き去りにされたのかもしれない。
 ストレス解消に、とか言ってカラオケに来たのに僕のストレスは溜まる一方だった。貯金はちっとも貯まらないというにストレスの貯めっぷりときたらすごいものだ。せめて同じ置き去りにされるのでも相手が佐賀さんでなければなぁ、と深く深くため息をついた。さらに言えば佐賀さんが今歌っている歌がドリカムの「未来予想図」だというのがさらに僕のストレスを加速させた。実を言うと僕はカラオケでドリカムの「未来予想図」が歌われるのが好きではないのだ。なんて言ったらいいのだろう、「未来予想図」という歌が嫌いというわけではない、「未来予想図」をカラオケで聞くのが嫌いなのだ。理由はというと特別な理由があるわけではない、ただなんとなく嫌いというだけだ。強いて理由を挙げるなら歌が長いということだろう、みんなでノリのいい歌で盛り上がっているときにあのスローな歌をじっくりと長々と歌われると一気にテンションが下がってしまう。

 「ねえ どーしてー」

 佐賀さんの歌声が響いた。
 ほんとどうしてだよ、僕は何でこんな目に遭っているんだろう?
 佐賀さんが歌う「未来予想図」はやっと後半に入ったばかりだった。少なくともこんなところでストレスをたっぷり溜め込んでいる僕の未来予想図はろくな予想図ではなさそうだった。色々とよくない考えが頭を回り歌っている佐賀さんを見て衝動殺人というのはこういう環境で起こるのかもしれないと本気で考えてみた。それほど悪くない考えに思えた。どう考えてみても世の中に今の僕の置かれた状況より悪いことなんてないような気がしたからだ。だいたい考えても見よ、「未来予想図」を長々と熱唱する佐賀さんと個室に閉じ込められるなんてことよりひどいことがこの世にあるだろうか?
 そんなことを考えているうちに佐賀さんの歌声が止まって僕は我に返った。「未来予想図」がやっと終わったのだ。
 僕は安堵のため息をついた。あやうく殺人犯になるところだった。よかった、この世に佐賀さんの歌う「未来予想図」が終わること以上にいいことなんてあるだろうか、いやない!
 もちろんそれは「未来予想図」を長々と熱唱する佐賀さんと個室に閉じ込められることよりひどいことなんてないからだ。
 でもこの後すぐ、僕は自分の勘違いを思い知らされた。僕のことをもっと恐ろしいことが待ち受けていたのだ。

 

 「未来予想図」を歌い終わってマイクをテーブルに置いた佐賀さんが「あ、ごめーん。あたし2曲連続で予約入れてたみたい。」というともう一度マイクを握りなおし「未来予想図Ⅱ」を歌いだしたのだ。