パブロフの魚 2005-08-30
福島君の家へ行ってみるとテーブルの上にベルがおいてあった。
どんなベルかというと、なんかこう、お金持ちのテーブルの上に置いてあってそれを鳴らすと、白いひげを生やしたいかにも紳士な執事がどこからともなく現われそうなベルだといったらわかってもらえるだろうか?
まあとにかく福島君の部屋の真ん中、ちゃぶ台みたいなテーブルの上に置いてあるにはいかにも不自然で不似合いなベルなわけだ。
「福島君、なにこれ?」
僕がベルを指して尋ねると
「ベル。」
簡潔にしてそっけない答えが返ってきた。
会話の発展もくそもない。とりあえず僕はベルを手にとってみた。うーむ、なんかちょっと上品な感じできれいなベルだ。軽く振ってみる。
チリリン。
かわいらしくも澄んだ音がした。すると急に福島君が立ち上がり、部屋の隅へ行くとそこに置いてある水槽、熱帯魚の水槽にパラパラとエサをやり始めた。二つまみほどエサをやると福島君は戻ってきて僕に言った。
「ナカムラよ、勝手にベルを鳴らさないでくれ。そのベルが鳴ったら俺はネオンテトラにエサをやらないといけないんだ。」
はて? それはどういうことだろう?
「パブロフの犬って知ってるだろう? ちょっと思いついてその実験をやってたんだ。」
「パブロフの犬ってあのブザーを鳴らしてから犬にエサをやると、犬はやがてブザーがなったら自動的にエサをもらえると思い込むってやつか?」
「正確にはちょっと違うんだけどまあだいたいナカムラの言った通りかな。ニュアンスとしては‘思い込む’じゃなくて条件反射の方が近いんだけど。」
「なんでまたそんな実験を?」
「別に理由なんてない、ただ思いついてやってみただけだ。パブロフの魚ってのはできるのかなって思っただけ。」
「ふーん。で、今も実験は継続中なんだ。」
「いや、終わったよ。」
「え、そうなの?」
「ああ。」
「で、実験はうまくいったの?」
「いや大失敗。まるで駄目。」
僕は目の前のベルをもう一度手に取った。
そうか、失敗だったのか。
魚はだめなのか、どうして駄目なんだろう? そんなことを考えながらベルをまた鳴らしてみた。
チリリン。
かわいらしくも澄んだ音がした。すると急に福島君が立ち上がり、部屋の隅へ行くとそこに置いてある水槽、熱帯魚の水槽にパラパラとエサをやり始めた。二つまみほどエサをやると福島君は戻ってきて僕に言った。
「さっきも言ったけど、勝手にベルを鳴らさないでくれ。」
「でもパブロフの魚の実験は終わったんだろ?」
「ああ、終わったよ。」
「じゃあ、別にいいじゃないか、関係ないじゃないか。」
「だからさっき言ったじゃないか、‘大失敗’だったって!」
僕は福島君がなにを言っているのか、なんで怒っているのか、よくわからなくてちょっと混乱しながらベルをまた鳴らしてみた。
チリリン。
かわいらしくも澄んだ音がした。すると急に福島君が立ち上がり、部屋の隅へ行くとそこに置いてある水槽、熱帯魚の水槽にパラパラとエサをやり始めた。